母校での公演

ソプラノ 太田道代

文化庁による「文化芸術による子供の育成事業」の巡回公演事業では、日本全国の小中学校を回って演奏を行っている。
たまたま、私の故郷 群馬県の山々が見える街を通過する時には心がはずむ。
赤城、榛名、妙義、浅間山が見渡せる高崎駅付近や、
日光連山や筑波山がよく見える東北新幹線に乗るのはとても楽しみだ。
それがこの度は、外周の山々どころか、故郷その地の母校で公演に伺うのである。喜びよりは、緊張で身が引き締まる思いであった。

板倉町立南小学校は、栃木 埼玉 茨城の県境に立地した、利根川沿いの歴史ある小学校である。
学校の控え室北側の窓から見える南保育園は、若き頃の母が子育てをしながら懸命に勤めた園であったが、今は閉園になっていた。少子化の波はこの町にも、押し寄せているのだ。南小学校も3年後には閉校となると伺った。胸が痛む。

校長の赤坂文弘先生は、板倉中学校時代の同級生である。当時からスポーツマンで明るく、人間愛に満ちた方であった。
赤坂先生は前任校の中学校で、男子生徒がよく歌うことに感銘を受け、南小学校に赴任してからは、この学校を歌の溢れる学校にしようと、教頭先生と共に積極的な音楽の活動を続けてこられたそうである。

そのような学校の公演は、ワークショップの段階から学校側の協力を得やすかった。ワークショップ後にはふれあいホームページの書き込みがたくさんあった。

校歌は私が5年生の当時から歌われ始めた。格調高く堂々とした良い曲であった。
しかしワークショップの際に子供たちが歌うのを聴くと、まるで行進曲のような元気な曲に変化していた。時代の流れとはこんな所にも現れていた。
ワークショップでは、明らかな音やリズムの間違いを直し、南小学校の校歌は堂々とした曲想がふさわしいことを話した。
また伴奏の楽譜は、公演ピアニストの若月直子さんが和声法と弾きやすさの両面から、きれいに書き直してくださった。(公演後寄贈した)

学校側の本公演への期待は予想以上に大きく、児童の保護者はもちろん、地域住民にも公演開催の案内を回覧板で回してくださるほどであった。

7月7日、本公演ゲネプロに先立っての校歌録音は大変印象的であった。
町の教育委員会から専門のスタッフが本格的な録音機材を南小学校の体育館に持ち込み、スタジオ録音さながらに校歌が録音されたのだ。

本番間近か、
気温は35度を越え、異様に蒸し暑い。
それでも時折稲を渡る風が心地よく吹いてはいた。
しかし、しだいにその風が不穏な様相を帯びて来たのだ!
雷雨や、雹、竜巻が懸念される、、、。
体育館は児童86名に対して倍以上の大人お客様で満員、
そして我々メンバーは5月から続く一連の学校公演で疲れがたまっている。

大丈夫だろうか。
私は公演開始直前、空にいる亡き父にひたすら祈った。「この風が嵐に変わることがないように、音楽会がともかく無事に終わるように」と。

私の懸念をよそに、
水戸博之マエストロ率いる東混の全メンバーは、私の慣れぬ司会をよくフォローしてくれた上、
暑さに負けぬ熱演でお客様に感動を与えてくれたのであった!
「萬歳流し」では、太夫役 伊藤さん、才蔵役 渡辺さんのお二人が板倉町を讃える口上を高らかに述べてくれた。
板倉町を詠んだ万葉集を取り入れた口上に、私は一観客として心から感動した。

「上毛野
伊奈良の沼の大藺草
よそに見しよは
今こそまされ」

公演後、「テレビなどで、よそから見ていた時よりも、東混の演奏を身近に聴いた今の方がずっと素晴らしかった!」
と、万葉集の下の句のような感想がたくさん寄せられた。

万葉集のこの句をこよなく愛した父が、雲の上からこの日の音楽会を護ってくれたにちがいない、としみじみ頭を垂れた1日であった。

michiyo

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