「八月のまつり」寺嶋さんインタビュー第1回

公演

8月7日(金)勝どき・第一生命ホールにて「東混・八月のまつり36」がありました。
「八月のまつり」は、林光作曲「原爆小景(詩・原民喜)」 の演奏を柱としたコンサートシリーズです。
2011年までは林光さん(2012年没)が自ら指揮を振ってくださいました。
「まつり」に長くたずさわり、今回の委嘱作品の作曲と、指揮とピアノを引き受けてくださった寺嶋陸也さんに、練習の合間をぬって、いろいろお話をうかがいました。
コンサートはすでに終わってしまいましたが、「八月のまつり」を振り返りましょう。

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作曲・指揮
ピアノ
寺嶋陸也
アルト
高橋由樹
ソプラノ
好田真理

林光さんと作品のこと

好田(以下 好):今回のインタビュアーの高橋は林光先生の大ファンで、毎年毎年「八月のまつり」にかける想いはすごく強いんです。なのでインタビューを一緒にお願いしました。林先生が亡くなられたことにもすごくショックを受けていまして…
高橋(以下 高):私は入団が2003年だったんですけれども、10年前に広島で「まつり」をご一緒した時のことですとか(2005年)、やっぱり入団してすぐの年のこととかが印象深くて。「マザーグースの歌(詩・谷川俊太郎)」をやったんです。あと、出版はされてない譜面で「地の歌 風の歌(北米先住民族の口承詩 訳・金関寿夫)」という、いろんな民族の。

寺嶋(以下 寺):ああ!アメリカンインディアンのですね。出版されてないかもしれないですね。10曲くらいある曲。
高:はい、それをぜひもう1回、どこかでやりたいですね。あれっきり東混でも演奏してないんです。マザーグースは演奏の機会があれから何度かあったんですが、そちらの曲はなくて。

寺:そういう曲もやっていけるといいですね。光さんの曲って意外に出版されてないもの多くて、合唱に限らずなんですけど。初演でそれきりになっちゃってるっていうのもわりとあったり。曲の真価がわかんないままになっちゃうっていう曲が今までにもあったので、そういう曲もね、やれるといいですね。
高:よく歌われている「うた」「ねがい」(詩・佐藤信)も出版されたのはわりと最近ですよね。(全音楽譜出版社 作曲は1982年)

寺:出版はそうですね。ただね、あれはもう楽譜はいっぱい出回っていて、楽譜くれって言われたら惜しみなく送ってくださるスタンスでしたから。
高:私もバイオリン付きのを事務所に問い合わせたことあります。そういうのもほんと惜しみなく、お願いすれば「どうぞ」っていう。
寺:そうでしたね。

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(「八月のまつり」のリハーサルで打ち合わせ中の林光氏と寺嶋陸也氏)

高:あと編曲ものですごく私が覚えてるのは、「曼珠沙華(山田耕筰)」で、林先生が「これだけは伴奏をぼく、いじれなかったんだよね」っておっしゃっていて。
寺:ああ、最後に後奏がついてる。
高:ええ。後奏はついてるけれども、「本編のほうはこんなにうまくできてるのってないからいじれなかった」っていう。しみじみおっしゃっていたのが印象に残っていますね。
寺:まあ亡くなりかたもね、どこも悪くなかったのに突然亡くなったっていう感じだったから…。亡くなったばかりの時はなんだかよくわからなかったけども、年々こう、いないことの、なんていうかその、さみしさというか重さというか、そういうものが応えてきて。特に震災があって、原発事故があって、今こんなような政治の状況で、光さんがいたらなんて言っただろうなあとか。いないってことのさびしさってこう、本当に、しみじみ感じますね。

東混と林光、そして寺嶋陸也さんのつながり

daigo_fukuryumaru(第五福竜丸展示館のコンサートチラシ)

高:江東区の、第五福竜丸展示館でのコンサート(2010年)あのときのことも鮮明に覚えていて…12,3人かな?すごく少ない人数だったんですけど。「原爆小景」の「日ノ暮レ」と「夜」は人数的にできないから、「水ヲ下サイ」と「永遠のみどり」だけやったのかな。林先生には、先生ならではの演奏の機会をたくさん与えていただいて、それが本当に私はもう毎回楽しみで!「雨の降る品川駅」(詩・中野重治 曲・寺嶋陸也)あの曲もよく覚えていて。
寺:ああ!そうそう、あれやってた。もともとは劇のために書いた曲だったんですけども。

高:この間の六花亭も林先生がつないでくださった仕事だったし(7月25、26日札幌六花亭ふきのとうホール)、こういう機会はたぶん東混にいないと持てなかった機会だと。まず直に作曲家の先生方に会えるというのもなかなか無いですし。まあ、今はアマチュアの方でも委嘱活動はとても盛んなので機会は増えたと思うんですけれど、これだけたくさんの機会を持てるっていうのが東混にいて非常に幸せなことで。
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寺:小林さん(東混事務局)が熱心にね、「まつり」に関してはね、ずっとやってたんでね。
高:もともとその、林先生に聞いたのかな?8月は演奏の機会が少ないって…。
寺:「あんまりいい仕事ないから…」

高:みたいのを練習の合間にぼそっと、「8月って暑いし演奏会もないから、じゃあなにかやろっか」っていって始めたみたいなお話をされたことが、確かあったと記憶しています。

好:寺嶋さんは「まつり」の出演は?
寺:出演は、第10回くらいの頃が初めてだったかなあ。20回以上出演させてもらっています。

好:小林さんはいつから?
寺:小林さんはもう1回目からずっと。僕が初めて東混と一緒させて頂いたのが「まつり」なのか、それとも…?旧奏楽堂で光さんが指揮してシリーズをやってたことが5回くらいありました。一番最初にやったのは「埴生の宿」でしたね。それの第1回にピアノ弾きに行ったんです。その時か、「まつり」が最初か…覚えてないんですけど。秋島さん(テノール)とは大学で親しくしてて。旧奏楽堂の時は秋島さんは入団してたんですよね。

寺嶋さんはピアニストでもあります…しかし?

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寺:「まつり」もね、おもしろいことがあったんですよ。頼まれてたのにプログラムにピアノの入る曲なくなっちゃったって、それで突然キャンセルってことが(笑)
高:それは発注のミス?
好:ピアノ頼まれてたのに必要なかった?
寺:そう。もう毎年だから、終演後に「来年もお願いします」とかっていう感じで。

高:1年前にもう頼んでて?
寺:そのあと正式に「今年もお願いしますね」っていうのがいつもは何ヶ月前かにあって。でもプログラム作ってみたら今年はごめんねって(笑)。あとは、光さんが自分で弾くとか言って。ピアノは抒情歌くらいしかなくて、それは自分で弾くって。抒情歌の曲目なんかは小林さんが選んでたんじゃないかな。

好:今回の山田耕筰(没後50年)の選曲は?
寺:今回は僕が。(抒情歌集の)6曲全部選んでもよかったけど、長いかもしれないかなとか思って。「ペチカ」はあまりにも季節はずれだなって。「待ちぼうけ」は最初からもう、ああこれはアンコールにしようと。考えてみたら、全部(詩が)北原白秋なんですよね。

<続く>

(今回記事中に使用している写真は2010年8月9日「八月のまつり31」の際に秋島光一が撮影したものを林光さんの許諾のうえ使用しています。)


短い時間で結構ですので、とインタビューを始めました。
けれど気が付いたら30分以上!寺嶋さんも楽しそうに話してくださいました。というわけで、内容盛りだくさん。今回はここまで。次回は、今回演奏した寺嶋さん作曲の2曲「花筐(はながたみ)」と新作「予兆」について語っていただいた内容を、お届けします。
(次回更新は8月31日を予定しています)

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